1661年に開始された、清朝による強制移住命令である。その目的は、鄭氏政権と大陸沿海の人民の接触、及び物資の往来(貿易)を断ち、鄭氏政権の経営を破綻させる事にある。遷界令の対象となる地域は江南・浙江・福建・広東・山東の五省の沿海地帯であり、海岸線から30里(約15km)以内に居住する人民は、強制的に内陸部に移住させられた。

この施策によって鄭氏側は食料補給が困難となり、「官兵が飢えに苦しんでいる」と『先王実録』1661年8月の項に書かれている。その為、困窮した鄭成功による台湾進攻の一因になったとも考えられる。

また同時に、強制移住させられた農民・漁民の生活が立ち行かくなっている事に対して、清朝への訴えも度々起こっている。多大な人民・領土を犠牲にして行われた政策であり、如何に清朝側が鄭氏政権に対して手を焼いていたかを窺うことができる。

遷界令及びそれに伴う海禁政策は、情勢によって一張一弛を繰り返しながら、最終的には1683年・鄭氏政権衰亡後に解除される事になる。